生活の上にある在宅医療|多職種連携が鍵となる地域医療
三重県の南部、紀宝町で在宅診療をメインにする診療所を運営している濱口政也院長(39)。今回は濱口院長が大切にしている他業種間連携について話を聞いた。
目次
医師というハードルをなくしたい 他業種間連携の意義
濱口院長が運営するくまのなる在宅診療所は、開業当初から地方紙などを含めて一切、広告を出していない。濱口院長は、地域住民を含めてほとんどの人が診療所の存在を知らないのではと笑う。それでも患者さんは少しずつ増えているのだ。それは、「介護・福祉関係者や病院関係者からの口コミが大きいからだ」と濱口院長は言う。
他業種間交流は、長年、濱口院長が大切にしてきたことでもある。診療所を開設する前、地域の中核病院に勤務していたときから、介護や福祉の分野の人たちと勉強会を開くなど交流の場を自ら作ってきた。医師は敷居が高いというイメージを持つ人もいる中で、「医師というハードルをなくしたい。患者さんの生き方をサポートする仲間として、ともに手を携えていきたい」という思いがあるからだ。
在宅医療はとくに、生活の上に医療がある。そこにはケアマネジャーさんやヘルパーさんがいてこそ成り立つものなので、顔が見える関係を作っておくことはとても大事なことなのだ。
勤務医時代から作り上げてきた繋がりは開業後のいまも続いている。そしてこの繋がりが濱口院長自身を支えている面もある。在宅医療は、病院の医師やケアマネジャー、訪問看護師からの紹介が多いからだ。「表面化していない困り事はたくさんあると思うので、相談しやすい関係性を築いておくことで、結局、巡り巡って患者さんのためになることが多いと思う」と濱口医師は強く感じている。
考えや想いを理解した上での紹介が患者さんのためにもなる
インタビューを行った日、濱口院長は、80代前半の女性を看取った。そのとき、女性の家族から「こんな自分たちに寄り添った医療を受けられるとは思わなかった。亡くなったことは残念だが、いい時間を過ごさせてもらった」とお礼の言葉をかけられたという。
濱口院長は、「こうした医療を自分たちは大切にしていることを、関係者にもっと知ってもらいたいし、知ってもらえているから、少しずつ患者さんが増えているのだと思う」と振り返る。「自分たちが提供するものを、関係者にしっかり理解してもらった上で、紹介してもらうことが、患者さんためにもなる。そのためにも他業種との交流は欠かせない」と力を込める。
在宅医療に携わり、医療だけでは解決できないことが多いと身に染みて感じている濱口院長。生活習慣病一つとってみても、知識を早い段階から習得して予防するため教育と連携するなど、「やりたいこと、やれることはまだまだある」とさらに先を見据える。
コロナ禍がもたらした価値観の変化と改めて感じる存在意義
新型コロナウイルスのまん延は、人々の生活だけでなく価値観をも大きく変化させた。医療機関では、感染拡大を防ぐため入院患者との面会制限が行われているところがほとんどだ。これまでは入院していても、会いたいと思えば会えていたが、いまは会いたくても会えないという状況になっている。
「入院することの価値の見直しや、最期の過ごし方について、これまで何となくしか考えていなかったことが、クリアに選択を迫られるようになった。家に帰りたいという人が増えたと思う」と、在宅医療の現場にいる濱口院長も社会の変化を感じているという。
地域ごとに求められる医療ニーズは異なる。そして地域によって足りない医療もある。この地域には在宅医療が充実していなかった。濱口院長は、そこに手を差し伸べることができると決断し開業した。
2020年7月に開業した、くまのなる在宅診療所はまさにコロナ禍での始動だった。「僕らがいたから『自宅に帰ってこよう』と思えた患者さんがけっこういるので、開業してよかったと思えることだ」と開業から1年経った今、濱口院長はそう振り返る。
社会の変化やニーズをしっかりと把握した上で自分たちの医療を提供することで、その診療所の存在意義が見いだされることもあるのだろう。
「くまのなる」診療所の名前に込めた想い
三重県・和歌山県の南部地域は古より“熊野(くまの)”と呼ばれている。診療所の名は、古語で「〇〇にある」を意味する「なる」をつかって、「くまのなる」とした。くまのにある在宅診療所、シンプルだ。古語の「なる」には、「実を結ぶ、変わる」「逝く」などと言った意味もある。濱口院長の「この地域を良くしたい」という思いが込められているのだ。
この地域で住み続けたいという住民の願いを叶えられる医療を提供したいと作られたくまのなる在宅診療所は、この地域に新しい風を吹かせているのかもしれない。
次回は、濱口院長とともに働く大森直美医師のインタビュー記事を配信します。(1月7日配信予定)
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