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【現地取材#1】優しい医療を提供できる職場と地域との関係づくりとは?地道な広がりのコツ

三重県の最南端・南牟婁郡紀宝町で、24時間体制で在宅診療を行っている「くまのなる在宅診療所」。開業から2023年7月で3年を迎える。IGYOULABではこれまでに、くまのなる在宅診療所の取り組みをご紹介してきたが、今回は取材班が現地取材を行い、くまのなる在宅診療所のその後を追った。

そこには、診療所が追求する「優しい医療」を実現するための経営や運営的な工夫があり、医療資源が限られているからこそ大切にしている多職種連携がさらに加速されていた。

(なお取材した模様は動画でもご覧いただけます。雰囲気などが分かるかと思いますのでぜひご覧ください。動画のリンクは記事内にあります。)

診療所のビジョンを共有するチーム

くまのなる在宅診療所の院長を務めるのは、濱口政也医師(41)。非常勤の医師3人と、看護師4人、そして事務職員2人の計10人で運営している。

24時間体制で在宅医療を中心に行うこの地域で唯一の診療所だ。「自宅で療養したい」「自宅で最期を迎えたい」と願う人たちの選択肢をつくろうと開業された。

くまのなる在宅診療所の診療は一人一人の患者さんに時間をかけて行う。それは病気だけでなく、患者さんの背景も含めて診たいという濱口院長の意思の現れでもある。患者さんだけでなく、自宅で介護する家族の困り事や心配事にも丁寧に耳を傾け寄り添う。

看護師の一人は「必ずしなくてはならないことに加えて、家族に寄り添う時間などプラスアルファのことができるので、この職場を選んでいるところもある」と話した。

(診察を行う濱口院長と看護師)

言われた仕事だけではなく、ビジョンに沿った行動ができる組織にする上でとても大切なことがある。

それは濱口院長が目指す「患者さんに優しい医療を提供する」という診療所のビジョンを理解し共感した人を集めているという点だ。濱口院長は採用時から自身のビジョンを明確に伝え、同じ志を持って進んでいける職員を選び、節々で自分の思いを伝えてきた。ビジョンの共有によって目指す医療の実現に近づき、そして団結の強い組織を作り上げていることが伺えた。

やりたい医療ができる体制づくりを 全職員で情報共有

診療が終わり診療所に戻ると、その日診察した患者さんの情報共有が職員全員が参加して行われた。この日、10人ほどの患者さんの情報共有にかかった時間は1時間近くだった。

「患者さんの背景や、家族の思いや、病気以外の背景も含めてみんなで情報を共有するとなると、これだけの時間がかかる」と濱口院長は説明する。「時間かかるから止めるのではなく、次によりよい医療の形として患者さんに還元していく」ことが情報共有の目的だと、その狙いを話してくれた。業務効率やDX化など方法が先行しやすい時こそ目的に立ち戻り、診療所が目指す医療を行うための一つの手段を選択することを大切にしていた。

情報共有で主に発言するのは看護師だった。濱口院長は医学的な説明の補足にとどまっていた。その狙いについて濱口院長に聞くと、「医師と患者さんを繋げてくれているのが看護師だと捉えているからだ」と返ってきた。「基本的に医師は訪問診療で外に出るので、状態が変わったという連絡などが入る診療所にいる看護師が情報をしっかり持っていく必要がある」と話していた。

さらに、医師はどうしても医学的な視点で共有をしてしまいがちだが、患者さんやその家族のケア、思いも含めて共有したいと考えているため、看護師のフィルターを通した患者さんの姿を共有することも狙いだという。そして職員が患者さんをどのように見ているのかを知れる機会にもなっていると、対面で時間をかけて行う情報共有のメリットを教えてくれた。

どんな医療がしたいか?そのために必要なことは何か?など自身の医療観を何度も掘り下げていることが伺えた。

優しい医療を提供できる職場づくり

診療所の雰囲気はとても和やかで、丁寧で優しい言葉が飛び交う職場だった。

看護師の一人は「濱口院長の思いを開業時や時々で伝えてくれるので、その思いに共感してできているチームなので、それが診療所のよい雰囲気に繋がっているのでは」と話していた。

「どんな医療がしたいか」に加えて「それをどう叶えたいか」という包括的な部分までしっかり伝えて共有しているのだろうと感じた。

そして「常に自分たちに対する濱口院長の気遣いが感じられ、その気遣いや思いに応えたいという思いが職員にもある。そういう気持ちにさせてくれる先生だ」という。

「濱口院長は地域のために自分たちができることを探し、在宅診療という形を選んで診療所を運営しているので、その役割をサポートできるように働いている」と職員たちも胸を張っていた。

「自分たちのことを思ってくれている」職員がそれを感じるほどの濱口院長の言動とは。どんなことを考えて行動に移しているのだろうか。質問を投げかけてみると、それは濱口院長が開業した理由にも繋がっていた。

在宅医療が十分でないこの地域で、患者さんの選択肢を広げたいという思いで開業した濱口院長だが、もう一つ、診療所を運営する理由があった。

それは「自身が目指す『患者さんに優しい医療』を、職員もやりがいを感じながら携われる職場を作りたい」ということだった。医療に携わる職員たちがイキイキ働ける環境づくりや、それぞれの長所をいかせる職場を生み出したかったのだ。

ビジョン一つ一つが繋がっていることで、想いをストーリーとして共有できるため、関わる人たちが気持ちを入れやすいと感じた。

濱口院長は「職員にとって働きやすい職場かどうか」「職員みんなが精神衛生状態よく過ごせているか」については常に意識して考えているという。

過去の自身の経験から「寝不足や疲労しているときは人は優しくなれないし、思いやりの言葉をかけることができない。精神的に疲れているときは、人に寄り添うことが難しい」と濱口院長は感じている。「少なくとも仕事というフレームでは辛いと思う部分が無く、患者さんに全力投球できる組織をつくる」これが濱口院長が大切にしていることだ。

職員の状態を常に見て声かけをしながら組織作りを行っていく。この姿勢こそが、自分たちが大切に思われていると職員が感じられるポイントなのだろう。その思いを受け取った職員が今度は患者さんに思いやりの心を持って接することで、診療所が目指す優しい医療の実現に近づいているのだと感じた。

多職種連携を広げる 試行錯誤を続ける力

診療所がある紀宝町の高齢化率は約37%、過疎化も進んでいる地域でもある。医療資源も限られているこの地域で濱口院長が欠かせないと考えているのが多職種連携だ。

在宅医療においては、介護や福祉関係者との連携は必要不可欠でもある。

これまでも濱口院長は積極的に、多業種の人たちが参加する勉強会や交流会を開催してきた。最近では、仲を深めようと多職種の人たちが参加する運動会を開いたそうだ。これまで関わりが少なかった子育て世代の医療や介護・福祉関係の職員たちとの繋がりもできたと手ごたえを感じていた。今度は文化祭を考えているという。

このような楽しいイベントを通してよい人間関係を生み出し、それが結果として仕事面でもプラスの効果が出ることを目指している。

そんな中で「みとりーな」と名付けられたイベントがこのほど、地域包括ケアの推進を図るため三重県における地域医療の事例などを発表する研究会で「三重県地域医学大賞」を受賞した。受賞したことが地元紙に掲載され、それを見た地元の高校の先生から打診があり、濱口院長は高校生を前に多職種連携について話をしたという。受賞など一定の社会からのフィードバックも、輪を広げる一つのきっかけになっている。

このイベントは医療や介護、福祉関係者らが参加してこの地域の看取りなどの事例を共有する会だ。取材した日が6回目の開催だった。多職種がフラットな関係を築き、互いに理解を深めることで、よりよい医療の提供を目指し開催されているもので、オンラインでの出席も含めて毎回100人ほどが参加するイベントにまで広がりを見せている。

「みとりーな」は在宅医療と介護を結びつけるコーディネーターの役割を担う紀南地域在宅医療介護連携支援センター・あいくる(地域の拠点病院となる紀南病院内に設置)から地域の介護事業所や役場など関係する約60カ所にFAXしているほか、三重県庁の在宅医療担当者からメーリングリストで県内全市町の在宅医療担当者に連絡してもらい周知しているという。その他にも、個別に大学病院や周辺の市町の関係機関にもメールで案内し、広く情報発信していることや、行政などとの連携も、毎回100人程度参加するイベントに拡大し、開催し続けている秘訣なのだろう。

この日は「最期にフライドチキンが食べたい」という患者さんの訴えをもとに、多職種が連携した事例が共有された。誤嚥性肺炎を相次いで発症、嚥下機能が落ちていた患者さんが望むものを食べてもらうか、安全最優先に諦めてもらうか。それぞれの職種の立場から意見が交わされた。

「病院と施設、地域など環境によって異なる状況を様々な場所にいる多職種の人たちが埋めていく作業ができたことで、今回の事例では良い結果になったと思う」「時間によって患者さんの状態が変わる可能性があるので、一度の検査結果で判断するのは早すぎると思う」「一人の専門職だけでなく、周りの職員たちのスキルアップも大切になってくるのでは」などと意見が出されていた。

参加した人たちからは「他の職種の人たちの経験や課題も聞けて勉強になった」「現在病院で働いているが、患者さんが自宅に帰ることを考え、希望をできるだけ叶えられるように病院の中から取り組んでいけたらと思う」などと感想が聞かれ、それぞれの立場での気づきが生まれているようだった。

濱口院長は「同じような悩みを抱えていることを知ることでホッとできることもあると思う」とした上で、「答えのない課題についてみんなで考える時間を持つことが大事で、事例を共有することでこの地域の医療の質を向上していけるのでは」と会を振り返った。

「それぞれが感じた気づきを日々の中でいかしながら、住民にとってより良い形の医療が提供できる地域にしていきたい」と力を込めた。

この日、みとりーなが行われた時間は平日の午後6時45分から午後8時半まで。様々な職種の人たちが仕事終わりで駆けつけていた。参加者の意識の高さとともに、地域の中にある強い結束力のようなものを感じた。

取材内容は動画でも

今回の取材した内容は動画でもご覧いただけます。動画はこちらからご覧ください。

なお過去に掲載したインタビュー記事はこちらからご覧ください。

過去の連載記事はこちらから

次回の記事では、取材を受けてみて濱口院長が感じたことについて紹介します。次回の配信は5月19日です。

著者:IGYOULAB編集部(イギョウラボ)

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