【シリーズ・第2回】理念をともに追求できる仲間を|“人問題”をこう乗り越えた
広島県の中心部で外来・入院診療や訪問診療を行っている「ほーむけあクリニック」。
患者さんや働く仲間が集まり、よい循環を生み出している医療経営のヒミツを探る連載。2回目の今回は、横林賢一院長(43)が直面した負の連鎖を乗り越えた経験から見る医療経営のヒントを探った。
負の連鎖が起きた開業2年目
「近隣の人たちの笑顔を健康面からサポートする」というクリニックの理念。横林院長は、何度も口にしスタッフと共有してきた。現在ではよい循環をもたらし、安定した経営で、組織作りにおいて必要なときに新しい人を入れられる状況をもたらしている。しかし、この理念経営は順風満帆だったわけではない。
開業当初は患者数が少なく「地域のために頑張ろう」と思っても、赤字でどうにもできないという厳しい時期があった。しかし地道に診療を続けてきたことで、徐々に患者さんが増えてきた。
一方で、患者数の増加にともない働くスタッフの負担が大きくなっていった。しかし新しい人を入れる余裕がなく、働くスタッフの業務量は増大し、空気感も決して良いと言えるものではなかったという。
それでも何とかみんなで踏ん張り、開業1年目はスタッフが辞めることはなかった。しかし2年目になり、一人が辞めると、負担が自分に来るのでと言って、辞める人が相次ぎ、負の連鎖となった。
開業時は真っ新な状態から人間関係が始まり、それを求めて入職する人がいるが、そういう人たちは、必ずしもクリニックの理念に共感して入ってきたわけではない。赤ちゃんから高齢者まで担当し、外来から入院まであり、幅広い患者さんに対応する必要があるクリニックのため、忙しくなると、「こんなつもりはなかった」と感じ、辞める人が出てきたのだ。
この時期が精神的に一番きつかったと横林院長は振り返る。立ち上げから共に歩んできた仲間が去り、自分の不甲斐なさを感じることもあったという。
“理念経営”へのこだわりがもたらした好循環
しかし、そんな厳しい状況でも横林院長は理念経営を曲げなかった。
その後の採用試験では、事前にクリニックを見学してもらい、働くスタッフの話を聞いて職場の雰囲気を感じ、「こういう医療をしたかった」と感じる人のみ面接に進むようにしてきた。
すると、同じ志を持った人だけが残り、結果的に辞める人はいなくなったという。産休など一時的な休職はあるものの、産休に入ったスタッフ全員が戻ってきたいと言っているほどだ。
産休が出た場合などには、同じ想いのスタッフが新たに入ってきてくれ、常勤の人たちの負担も軽減でき、よい循環が生まれているという。
現在は、必要な時に、必要な人たちを入れられるほど経営状況は安定し、併設するカフェや、それに関連した様々な事業を展開しやすい状況となっている。
併設カフェなどについての詳細は第1回記事をご覧ください。
厳しい時期を乗り越えた経営面での工夫とは
とにかく地道に外来、入院、訪問診療を続けてきた。自宅で療養している人が少し入院したいという要望があるときには受け入れ、難病の人などを家で介護している家族も休めるよう一時的な入院も受け入れている。
ほーむけあクリニックの入院病棟は基本的に個室だ。横林院長は「ホテルに泊まりにきたような、また入院したい」と思ってもらえるよう、「僕たちも入院するときに入院したいと思える病棟」を意識してきたという。
そんな環境の病棟だと、家族も心置きなく送り出せ、リフレッシュできる時間を作ることができる。患者さんやその家族にとって、「こういう機会が必要なのではないか」ということを地道に形にし続けてきた。「ここがあってよかった」という患者さんや家族からの言葉がモチベーションに繋がっていたと横林院長は当時を振り返る。
また、外来や入院に比べて収益率が高い訪問診療の依頼にも積極的に応じてきた。また、横林院長自ら地域にある病院や地域包括支援センターなどに足を運び、「こういう人も家で診られます」と伝えてきた。
訪問診療を行う医師や看護師の顔が見られるという安心感にも繋がり、挨拶に回るときには、「以前、紹介いただいた方もこんなに元気になりました」「このような最期を迎えました」と状況を伝えることで、訪問診療のイメージがしやすく、口コミで徐々に広がるようになっていったという。
予防に力を入れているクリニックとしてもう一つ取り組んだことは、予防接種の推進だ。
広島県ではインフルエンザの予防接種を受ける場合の費用平均が約3500円という中、開業1年目のほーむけあクリニックは2000円で実施した。費用が安いことから、地域の人たちが接種を受けにクリニックを利用した。
看板を出すなどの広告費を出して、クリニックを周知する方法もあるが、まずクリニックに来てほしいという思いがあったことや、安い費用で地域の人たちの健康や生活に貢献できていると実感できることで、気持ちよくできたと横林院長は話す。
基本的には前年度の接種実績分しかワクチンが入らず1年目は限られた数しか打つことができない。しかし、最初に入ってくる数は少ないものの、11月後半から12月なってくると各医療機関で余剰分が出てくるため、卸売業者に戻ってきたものを活用した。2000円という値段であることから、12月に入っても打ちたいという人たちがどんどん来て、接種実績を得られた。すると2年目は800人からスタートでき、接種時期終盤になるとまた余剰分を引き取り、接種を続けた。現在は3000円の費用設定にしているものの、2020年は2400人分ほどにワクチンを接種したという。
クリニックには診察室が7つあり、子どもが泣いてしまっても、個室であれば母親の精神的負担も軽減できる。また頑張った子どもたちにはオモチャを選べるサービスも行っている。子どもも親も2回目も行きたいと思ってもらえる工夫をすることで、次に繋がる。
予防接種を一つのきっかけに、診察券を持つ人が増えることで、「このクリニックいいな、困ったときにはあそこに行ってみよう」と思ってもらえる人が増え、経営的にも安定していったという。
厳しい状況下でも、地域の人たちを第一に考え、地道な診療によって危機を乗り越えた。一方で、クリニックに来た時に、よい印象を持ってもらえる組織、環境づくりがしっかりとなされていたからこそ、安定経営に繋がったのではないだろうか。
診療所の“人”問題の捉え方
開業2年目に負の連鎖を経験している横林院長。診療所の“人問題”について、「入るときを大切に、去る者は追わない」というスタンスだ。
スタッフが辞めると困るが、「辞めたいと思っている人は、いつか辞めてしまう」と割り切っている。新しい人材が欲しいときも、「少し気になるところがあるけれど、とりあえず入ってもらおう」といって人員確保だけに囚われてしまうと、結局組織に合わなかったということに成りかねない。入ることは簡単だが、辞めさせることは難しいので、「入るとき」を大事にしているというのだ。
横林院長は、好循環に転じたきっかけを振り返り、「スタッフが辞めずに定着してもらえるようになったのは、面接前にクリニックを見学してもらうことと、もう一つ、理念を理解しているスタッフが友達や知り合いを紹介してくれるようになったことが大きい」と話す。
類は友を呼ぶというように、働いている人の紹介で入職した人は、組織に合い辞めないという。紹介制度として、ほーむけあクリニックでは、現在働いているスタッフの紹介で新たなスタッフが入職し3カ月経っても継続していた場合は、双方に感謝の気持ちを込めて“お礼代”を渡している。紹介したスタッフが新たなスタッフに目をかけフォローしてくれることも大きい。
もう一つ、クリニックが親しまれていることを伺えるのが、看護師として働いている人の中に、もともとこのクリニックを「かかりつけ」にしていた患者さんがいることだ。「求人はありませんか」と向こうから尋ねてきたという。
スタッフからの紹介や、かかりつけだった人が、看護師として働いている人が複数いる。
全く知らない人と面接するよりかは、もともと患者さんだった人の人となりが分かることが、クリニック側からみてもメリットだ。
患者さんだった人が自ら働きたいと思える理由はどこにあるのだろう。
「働いているスタッフが楽しそうで柔らかい感じで、ここで働いたら楽しいんだろうな」と感じ、アットホームなクリニックの雰囲気に惹かれたのだという。
患者さんとして来ていた人が働きたいと思えるほどのクリニックの雰囲気。横林院長は組織作りにおいて、どんなことを大切にしているのだろうか。次回詳しくお伝えする。次回の配信は6月3日予定です。