【シリーズ#3】医療DXによる新しいかかりつけ医と持続可能な地域医療インフラの実現
医療DXの導入を積極的に進めている北海道千歳市の医療法人ミライエ 緑町(みどりちょう)診療所(以下緑町診療所)の稲熊良仁院長(48)にDX化や医療戦略などについて伺う連載。緑町診療所では、予約や問診はWEB上で行い、さらにオンライン診療も進めている。待ち時間の短縮に繋がるなど患者満足度も高いという診療システムを構築している。
3回目の今回は稲熊院長が医療経営において大切にしていること、そして目指す新しいかかりつけ医の形について聞いた。
災害に強い診療所づくり
医療DXを積極的に導入し効率性や患者満足度を上げている緑町診療所。もう一つ力を入れていることが「災害に強い診療所づくり」だ。
稲熊院長は「診療所は地域医療のインフラなので、止まったり無くなったりしたら地域の人たちが困る」と考えている。
阪神淡路大震災や東日本大震災、そして北海道の胆振東部地震で大停電が起きた際に、通常稼働し続けられた医療機関は、一部の病院を除きほぼ皆無だったことを踏まえ、災害時にも診療所としての機能を継続できるように取り組んできた。
緑町診療所では開業時から太陽光発電や蓄電池、そして電気自動車を導入、停電時に約2. 5日分の電気を確保できるようにしている。
開業時からコロナ禍のため、地域の人たちが一堂に集う機会が無かったが、今後はコロナの状況を見ながら、地域の自治会や福祉施設、近くのドラッグストアなどと連携し地域のイベントなどに関連付けて、親しみながら救急や災害時のシミュレーションなどができるようにしていきたいと考えているという。
さらに「訓練を絡めた地域交流で災害など万が一の事態に備えることに加えて、他業種を含めた横の繋がりや地域の中で顔が見える関係づくりを行っていきたい」と期待を募らせる。
大切にしている気づきを促す声かけ
「診療所を開くということは地域の医者として、経営者としての両方の責任がある」と稲熊院長は捉えている。すなわち「地域で生きている」患者さん一人一人に対する責任、「自分のやりたい医療に共感し協力してくれ人生の一部を共有してくれている」職員の生活を守る責任を日々感じているという。
そんな稲熊院長が組織づくりにおいて大事にしていることは「気づきを促す声かけ」だ。
経営者として時には厳しく言わなければならない場面もある。
例えば面談で何かを注意しなければならないとき「このことについて、あなたはどう思う?」と投げかけ、答えが出るまで待つ。何回か反芻して職員に気づきが得られたら「そうだよね、あなたには、こういう良いところがある。一方で今の気づきを自分のものにしたら、もっと良くなるよね。だから気づいたことをみんなにも伝えていってね」と声をかけるという。気づきが無い場合は「僕はこう思う」と話をしながら、相手の考えも引き出す。
咎めるのではなく、一つの出来事から気づきや学びを得て次に生かしていく、そして周囲にも学びを広げていく。職員の成長、組織の成長に繋げていこうとする姿勢がみてとれる。
それでも人事・労務・マネジメントといった組織作りに日々格闘しつづけているという稲熊院長。患者さんや職員が増える中で、ますますマネジメント力が必要だと感じている。
「会社の成長は社長の器で決まる」という考え方があるように、自身が成長し続けることが大事だとした上で「コロナ禍で実現できていないが、マネジメントについては、開業医の先生や仲間と経験を共有し合い、様々な業種の人との交流などを通して学び続けていきたい」と話していた。
働き方改革、休診日の設定にも工夫が
緑町診療所の休診日は日曜日と月曜日。ここにも職員にしっかり休んでもらいたいという稲熊院長の狙いがある。
開業前に10年分のカレンダーを分析し週休二日を確保し、かつ連休が作りやすいことを調べ、日曜と月曜に休診日を設定した。年末や春の大型連休時には長期の休暇となり、さらに職員同士が相談して計画年休を加えることで、長期の連休をとりやすくしている。
この休みやすい職場づくりは、今後採用においてもアピールポイントになると稲熊院長は考えている。
目指す新しいかかりつけ医のカタチ
医療DXの積極的な導入などに取り組む稲熊院長には目指すものがある。それは「新しいかかりつけ医の形」を作るということ。
例えば、家族が旅行先で体調不良になった際に、オンライン診療を行い、処方箋や紹介状を送ることができれば、旅行先の薬局で薬を受け取ったり、病院にかかったりできる。どんなに距離が離れていても、地元のかかりつけ医が守ってくれるという安心感を生み出す。これはコロナ禍以前には全く無かった医療スタイルだ。
また、地域の複数の診療所が繋がり、それぞれの患者さんを全てオンラインでカバーし合えるという仕組みも実現したいという。
例えば、休診日が異なる診療所同士で連携し合う。例えばいつも通院しているA診療所に行けない患者さんがいた場合には、Bクリニックで採血だけ行い、自分のかかりつけ医のA診療所に即座にデータが共有され次回スムーズに診察できるなどという流れだ。
診療所の垣根、そして距離をこえて、かかりつけ医として患者さんをサポートしていく仕組みづくりを目指している。
現在の緑町診療所のスタイルを普遍化できるか、どんな医師でも診療の質を高められるか、地域と職員のために永続性があるような仕組みとなりうるか、ひいては労働効率や患者満足度の向上をめざして今後もチャレンジしていきたいという。
そして、稲熊院長が今後ますます活用していきたいと考えているのが診療所の公式LINE。映像や画像、チャットを併用してオンライン診療ができる。
現在、緑町診療所の公式LINEの会員は約1万2000人いる。
緑町診療所の公式LINEで繋がることで、オンライン診療を活用して、かかりつけ医としての機能を維持することを目指す。
例えば、災害時に避難所で、誰かのスマホの電源が入っている限り、緑町診療所の公式LINEからオンライン診療を活用して、避難所のトリアージや初期診療ができる。薬切れや急な入院、旅行先での病気のときだけでなく、診療所のLINEが地域の災害対策のインフラにもなるというわけだ。
自分が患者さんの立場に立ってコロナのような状況の中で、あったらいいなと思う医療サービスや、患者さんの満足度と安心のための仕組みを実際に行い、患者さんに「ありがとう」と言われることに、やりがいや喜びを感じるという稲熊院長。
夢はプライマリ・ケアの現場から新しい時代のかかりつけ医を発信して医療の仲間とともに未来を作っていくことだ。「どのような状況でも患者さんにとっての命の防波堤」のような位置づけになれるよう今後も尽力したいと笑顔を見せた。
編集部あとがき
今回は医療DXの導入を推進している緑町診療所の稲熊院長に話を聞いた。導入するにあたり、職員たちへの働きかけや運営していくための仕組みづくりも大切にしているからこそ、結果として表れているのだと感じた。
こういう医療がやりたいから、学ぶ場所を選び、開業する場所を選択し、そして必要な仕組みを導入する。その確固たる軸こそが、緑町診療所の運営を揺るがないものにしているのだろう。
稲熊院長が思い描く新しいかかりつけ医の形。何年後かに北海道千歳市という場所から、全国に向けて発信される時が来るかもしれない。
今日も緑町診療所の公式LINEから「院長先生コラム〜上手な医者のかかり方」として、医療に関する情報が届いた。診療所の存在を身近に感じるひと時を生み出している。