採用率を高め長期雇用につなげる両立支援|不妊治療と仕事の両立環境を考える
将来の現場を担う20代と30代をどう採用し定着してもらうかが、医療経営の大きな課題となっています。特に女性が多い職場である医療機関では不妊治療と仕事の両立支援という視点も欠かせません。
厚生労働省の調査では、不妊治療を行っている職員の把握ができていない企業が半数以上に上り、実際に支援制度がある企業は26.5%にとどまっています。不妊治療に利用可能な休暇制度の導入は比較的多く見られますが、その他のサポートは大きく不足しているのが現状です。
目次
「10人に1人が退職するリスク」
これから20代、30代の採用を強化したい、平均年齢が低い傾向にある歯科などの職場では、約10人に1人がこの問題で退職するリスクがあります。
これは、不妊治療支援が個々の職員だけでなく、職場全体の持続可能性に関わる重要な課題であることを示しています。
若い職員の定着を図り、長期的な雇用を実現するためにも、不妊治療と仕事の両立支援は非常に大切な取り組みです。
具体的な支援策の提案と提示
調査では、両立が難しいと感じる主な理由として、「通院回数が多い」「精神面で負担が大きい」「仕事の日程調整が難しい」などが挙げられています。
医療機関では先生が口頭では支援の意思表示をしているものの、制度として保障していないケースが多く見られます。雇用される側にとっては制度として見える化されることが重要であり、以下のような支援策を制度として進めていく必要があります。
①柔軟な勤務体制の導入
職員が治療スケジュールに合わせて勤務時間を調整できるよう、半日や時間単位での休暇制度の提供やフレックスタイム制度、テレワークなど多様な選択肢を提供します。いつも同じ診療時間、中休みあり、木曜日は休み、全員同じシフトなど、従来の固定概念を見直してより柔軟な勤務体系に移行しているケースが増えています。
②休暇制度の確立
不妊治療に特化した休暇制度や、有給休暇など既存の制度を使いやすい環境づくりをすることで治療に専念する時間を確保します。
③メンタルサポートの強化
精神的な負担が大きいため、カウンセリングサービスや心理的な支援を充実させることが求められます。同じ悩みを経験した職員との面談制度など、内部資源で行うこともできます。
④情報提供と透明性の確保
支援制度や利用可能な休暇、メンタルサポートに関する情報を明確にし、透明性を確保します。「なぜ不妊治療だけなのか」と不満が出ないためにも、制度を導入する目的や先生の想いなどを同時に掲載することも良い職場づくりにつながります。
⑤啓発活動と教育の実施
不妊治療に関する正確な情報を提供し、職場全体での理解を深めるための取り組みを実施します。世代や性別によって捉え方が違う可能性を考慮し、客観的なデータや時代の価値観を常に周知していておくことも必要です。
⑥職場環境の改善と働きやすさの向上
労働時間の管理、適切な仕事の割り当て、職場のハラスメント防止策の徹底を通じて、職場環境と働きやすさを向上させます。急な欠勤に備えて、一部の業務を自動化するなど、そもそもの業務改善が必要です。不妊治療だけでなく、親の介護や闘病との両立など今後新たに考えられる様々なケースを想定し、環境を整備しておくことをおすすめします。
⑦職場全体の意識改革
情報の共有、職場内での開かれたコミュニケーションを通じて、職場全体の意識改革を促進します。忙しい中でも、手を止めてしっかりと話す時間を確保している医院ほど成果が出ています。
⑧社内ポリシーの策定
両立支援の具体的な社内ポリシーを策定し、実行します。
⑨定期的なフォローアップと評価
年に1回の方針発表会で発表するなど、支援策の効果を定期的に評価・共有し、必要に応じて改善策を講じていきます。
⑩成功事例の共有
職場内外で成功事例を共有し、医療業界全体、そして社会全体での取り組みを促進します。
社会全体での意識改革が必須
単に支援策を実施するだけでは、実質的な変化を期待するのは難しいでしょう。
不妊治療とその両立支援に関する啓発活動を行っていない企業が95.7%、不妊治療中の職員への相談や面談の機会を提供していない企業が78.9%という現状は、社会が少子化問題に対して十分な危機感を持っていないことを示していると思います。
少子化が進むと、働き手不足が慢性化し、職場の負担が増え、給与や昇進の機会が減少します。さらに、支え手が不足する老後、医療や介護を受けられないリスクも高まります。少子化問題が他人事ではなく、自分たちの未来に直接関わるという危機感を、改めて社会全体で共有し、支援の重要性を深く理解することが、根本的な解決に向けての第一歩ではないでしょうか。
「特別なことではない」という認識の普及
また、約47.1%の職員が不妊治療を受けていることを職場で話すのが難しいと感じています。これは、不妊治療が依然として「特別な状況」とみなされ、必要な理解やサポートを得ることが困難な環境が存在することを示唆しています。しかし、子ども家庭庁のデータによると、不妊を心配した経験がある夫婦が約2.6組に1組、不妊治療の経験がある夫婦が約4.4組に1組に上ります。これは、不妊が「例外的な出来事」ではなく、多くの人々にとって共通の経験であることを意味します。
この事実を広く認識し、社会全体でこの理解を深めることも重要です。そうすることで、不妊治療を受けている人たちが自分の状況についてよりオープンに話せるようになり、必要とするサポートを受けやすくなるでしょう。
トップから始める理解と支援が必要
不妊治療の道のりは容易なものではありません。成功は約束されず、心理的、身体的、そして経済的な負担が伴います。場合によっては、治療のために遠方まで通う必要があり、仕事との両立がさらに難しくなることもあります。そして、治療が成功すれば、産休や育休といった新しいステージへと進むことになります。
医療機関に限らず、一般企業でも同じですが、形式的な対応ではなく、トップが本当に必要だと信じて問題に取り組み、その考えを普及させ、実践する場所こそが、真の成果を生み出します。
先生をはじめ、職場全体で職員が直面する課題を理解し、心から支援したいという強い想いを持って支援策を講じていくことが、不妊治療と仕事の両立を実現するためには必要だと思います。
参考資料
以下のリンクから参考資料の詳細をご確認いただけます。
厚生労働省
「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」結果について
厚生労働省
子ども家庭庁
編集後記:本人と職場の相互理解と職場環境の整備の必要性
職場からの支援や理解を得るための第一歩は、不妊治療を受けている職員自身が自分の状況や心配事を話すことから始まります。これを実現するためには、普段から職場での風通しの良さや良好な関係性を育むことが重要です。例えば、チームミーティングで個人の悩みを共有する時間を設けたり、健康やワークライフバランスに関するワーク研修を行うなどして、職員間の相互理解を深める努力が必要です。また、一部の職員が休暇を取る際に他の職員がその業務をサポートする体制も重要ですが、それによって業務の負担や不公平感が生じないよう、普段から全職員が必要な休暇を取りやすい体制を整備しておくことが大切です。これは、不妊治療に限らず、様々な個人的な理由で休暇を必要とするすべての職員にとって公平な環境を提供することを意味します。
不妊治療をはじめ、様々なライフイベントと仕事をうまく両立できるような環境を整えることは、職員の幸せだけでなく、患者さんへの質の高いケアの提供につながり、結果として医療機関全体の発展にも寄与します。まずは自分たちの職場から少しずつ変革を進め、社会全体へポジティブな影響を与えていくことが重要です。